洲本簡易裁判所 昭和29年(ハ)1号 判決
原告 出口まつゑ
被告 中村一夫
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
本件につき、当裁判所が昭和二十九年一月十二日なした強制執行停止決定は、これを取消す。
前項に限り、仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告より原告に対する洲本簡易裁判所昭和二十七年(ニ)第二二号家屋明渡請求調停事件の調停調書の執行力ある正本に基く強制執行は、これを許さない。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、なお、被告が勝訴して主文第三項掲記の強制執行停止決定が取消され、その仮執行が宣言された場合は、担保として右仮執行を免れることができる旨の宣言を求め、
請求原因として、
「(一) 原告は、従来被告よりその所有の洲本市水筒町甲四八〇番地所在木造瓦葺二階建住宅一棟のうち、階下十五坪三合及び二階二坪(以下本件家屋と略称する)を賃借していたところ、本件当事者間(被告が申立人、原告が相手方)の洲本簡易裁判所昭和二十七年(ユ)第二二号家屋明渡請求調停事件につき昭和二十七年十月十三日の調停期日において右当事者間に(1) 原告は、被告に対し本件家屋を昭和二十八年十月十三日限り明渡すこと、(2) 原告は、前項期間内といえども、被告において転居先(六畳二間位でなるべく店舗に適したところ)を提供したときは、右提供家屋に移転して明渡すこと、(3) 被告は、原告に対し原告が第一項及び第二項の条項に従つて期限内に本件家屋を明渡したときは、これと同時に金四万三千円を支払うこと、(4) 被告は、第一項の期限内の家賃金は全部これを免除すること、(5) 被告は、原告が本件家屋明渡の際畳建具の内、ふすま二枚を除くその他を持去るも異議がないこと、(6) 申立費用は各自負担のこと。という調停条項の合意が成立したものとし、その旨調停調書に記載され、調停が成立した。
(二) 右調停期日において、調停委員は、原告に対し、被告の主張に従つて、原告において神戸市在住の原告の息子の住家か又は洲本市古茂江在住の谷本幾平方(原告の実家)に立退けるはずだから、本件家屋を被告に明渡してやれと勧めたが、当時、原告は、本件家屋で衣料品及び日用品等の販売業を営んで生計をたてていたので、被告の方で右営業のできるような代りの家屋を提供し、なお、引越費用等として金五万円を提供してくれるのでなければ、本件家屋を明渡すことはできぬ旨強く主張した。これに対し被告は、一年以内に明渡すよう要求し、調停委員も、被告に同調して、原告に対し一年以内に明渡してやれと執ように説得した。無智文盲な原告は、この執ような説得を拒絶する勇気なく、なお引越費用や家賃免除等に関しても調停委員の説得に抗し得ないで、結局原告は、被告に対し本件家屋を昭和二十八年十月十三日限り明渡すこと、但し右明渡は、被告が原告に対し右期限内に原告の転居先(原告の前記営業の店舗として適したもの)を提供したことを条件とすること及び前記調停条項(3) ないし(6) の各条項の調停に応ずる旨を調停委員及び被告の面前で承諾した。そこで、調停委員は、調停主任裁判官及び書記官の出席を得同裁判官に調停の経緯及び調停条項を告知し、同裁判官は、調停条項を書記官に口授して調停調書に記載せしめ、且つ書記官をして原被告双方に対し調停条項を読み聞かせた。その時、前記のように、無智文盲で、法律智識全くなく、且つ調停委員の前記執ような説得のため頭がいらいらしてぼんやりしていた原告は、書記官の読み聞かせた調停条項は、勿論原告が承諾した前記内容と同一のものであると信じて、同裁判官に承諾する旨を申述べたのである。
(三) ところが、被告は、昭和二十八年十二月二十九日右調停調書の執行力ある正本に基き本件家屋に対し明渡の強制執行に着手した。そこで、原告は、はじめて、本件調停の調停条項中、原告が被告に対し本件家屋を昭和二十八年十月十三日限り明渡す旨の条項は、無条件のものであつて、前記のように原告が調停委員及び被告の面前で承諾したように転居先提供の条件付となつていないことを知つて驚いた。
(四) 以上の次第であるから、本件調停条項中前記(1) 及び(2) の各条項は、原告が前記のように承諾した内容と異るものであり又右(1) 及び(2) の各条項を前提とするその余の各条項も原告の真意にそわないものである。従つて、本件調停は、原告において法律行為の要素に錯誤があるというべきであるから無効である。
(五) よつて、原告は、前記調停調書の原告に対する執行力の排除を求めるため、本訴請求に及んだ次第である。なお、本訴において、被告が勝訴し、その判決において主文第三項掲記の強制執行停止決定が取消され、その仮執行が宣言された場合は、本件家屋に対する前記強制執行は続行されることとなり、原告は、回復することのできない損害をこうむる筋合であるから、民事訴訟法第百九十六条第二項に基き、担保を条件として右仮執行を免れることができる旨の宣言を求める。」
と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、なお、原告の仮執行免脱の申立に対し申立却下の裁判を求め、
答弁として、
「(一) 原告主張事実のうち、(一)の事実は認める。(二)の事実のうち原告主張の調停期日に、原告が引越費用等として金五万円を要求したこと、被告が一年以内に本件家屋を明渡すよう要求し、調停委員がその旨原告に勧告したこと、調停主任裁判官及び書記官が列席し、調停調書が読み聞けられ、原告が承諾したことはいずれも認めるが、その余の主張事実は争う。(三)の事実のうち、原告主張の日時、被告がその主張の債務名義に基き、その主張の強制執行に着手したことは認めるが、その余の主張事実は否認する。(四)の事実は否認する。
(二) 本件調停については、調停委員会において原被告双方の主張を充分に聴き入れ、双方が相譲歩し、納得の上、最後に本件調停条項につき合意が成立し、調停調書は原被告双方に読み聞かせられ、双方共承諾したものであつて、原告においてその主張のように法律行為の要素に錯誤があるはずはない。
(三) 以上の次第であるから、原告の本件請求は失当である。」
と述べ、
なお、原告の仮執行免脱の申立に対し
「民事訴訟法第百九十六条第二項は本件のような請求異議の訴については適用せられるべきものではないから、原告の右申立は許されるべきものでない。」
と述べた。<立証省略>
三、理 由
原告主張事実の(一)の事実は、当事者間に争がない。原告は、本件調停は、原告において法律行為の要素に錯誤があつたから無効であると主張するので、まず、この点につき判断しよう。
証人山崎いしのの証言及び原告本人尋問の結果中、原告の右主張事実に照合する部分は、いずれも後記各証拠に照して信用をおき難く、他に右事実を認めるに足る証拠はなく、かえつて、成立に争のない甲第一号証、証人西岡安一郎の証言及び原、被告各本人尋問の結果(但し原告本人の分はその一部)を総合すれば、本件調停期日は前後二回開かれ、その間調停委員会は本件家屋所在の現場に臨み、本件家屋の現状を調査した上、原被告双方に充分その主張、要求を陳述させ、適宜調停案を呈示し、原被告は、相互に譲歩し、調停案も種々変更を加えられ、かくて、第二回の調停期日である昭和二十七年十月十三日原被告間に原告主張のような調停条項を内容とする調停が成立したものであること及び右各調停条項については、原告は、充分納得した上これを承諾したものであつて、特に右調停条項の内(1) の条項と(2) の条項は原告主張のように条件関係にあるものではなく、従つて、原告主張のような錯誤は、全然存しないものであることが認められ、前記措信しない各証拠を除き、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
以上の次第であるから、原告の本訴請求は、理由なしとしてこれを棄却し、民事訴訟法第八十九条によつて原告に訴訟費用の負担を命じ、同法第五百四十八条第一、二項によつて、主文第三、四項の如く強制執行停止決定の取消及びその仮執行の宣言をなす。
原告は、担保を条件として右仮執行を免れることができる旨の宣言を求めると申立てたが、民事訴訟法第五百四十八条第一項の解釈上、異議の訴につき、原告敗訴の場合でも、裁判所は、その判決において、さきになされた強制執行停止決定を取消さないで特別の事情あるときは、裁量により原告に保証を立てしめもしくは立てしめないでこれを認可することができるものであると解する。右認可の場合は、同条第二項により職権でその仮執行の宣言がなされ、かくて敗訴の原告も救済せられるのである。かような救済の道が講ぜられている点から推論すると、原告敗訴の場合裁判所が原告につき特別事情を認めないで、右強制執行停止決定を認可せず、これを取消すを相当と認めて、取消し、同条第二項により職権で、その仮執行の宣言をなしたときは、この仮執行の宣言に対し、更に仮執行免脱の宣言をなすことは許されないものであると解するを相当とする。すなわち、民事訴訟法第百九十六条第二項は同法第五百四十八条第二項の仮執行に対しては適用せられないものであると解する。
右の次第であるから、原告の右申立は、許すべからざるものとしてこれを却下する。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 安部覚)